読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なまけのおつむ

きちんと暮らして死んでいく

Sigur Ros

音楽
f:id:aokidanchi:20170310010308j:image

消灯し、ベッドの中でパブロといっしょにSigur Rosのアルバムを聴いている。
HVARF/HEIMというこのアルバムは、ジャケットに惹かれた。
夜明けの朝露のつめたさと、日が昇っても夕刻になっても不動であるだろう黒い森たち。雑然とした、しかし統一のとれた泣きたくなるような風景。

世界にはじぶんが暮らすテリトリー以外にも考えられないくらいたくさんの場所があって、その数えきれないひとつひとつの場所でそれぞれの音楽が奏でられている。そのことを、彼等の音楽によって気づかされる。

日本から遥かはなれたアイスランドの地でしんしんと生まれた音たちが今、わたしの枕もとに流れている。
これを奇跡と呼ばずしてなんと言うんだろう。

Tim Tam

愛してやまないドン・キホーテで、オーストラリアのお菓子を買った。

f:id:aokidanchi:20170307002258j:image

ティムタム。

チョコレートのビスケットで、なかにキャラメルのヌガーが入っているもの。

アメリカやオーストラリアのお菓子は大好き。ただ甘いから。ひたすらに、微塵の遠慮もなく、品もなく、図々しく甘い。
これをぺろりとしてしまった。パブロはビスケットが食べられないけど、キャラメルのあじのキスをパブロのかたくてつめたい鼻にした。鼻にすこしキャラメルの匂いがついた。

パブロの恋人

音楽
強くてしなやかでのびのある女の人の声が聴きたいと思ったので、小島麻由美の「パブロの恋人」を聴いている。

f:id:aokidanchi:20170305185013j:image

このアルバムのジャケットを、パブロ(一緒に暮らしているいぬ。白くて柔らかくて温かく、かわいい)がとても気に入ったようすだったので、名前をとってパブロとつけたのだった。
そういえば、わたしの大好きなスピッツの「インディゴ地平線」のジャケットに似ているなあ。

f:id:aokidanchi:20170305185204j:image

でもパブロはインディゴて感じじゃないから、これでよかったのだ。

このアルバムはどこまでも軽快で、心地よい。飽きがこなくて、おもいどおりに鳴る。
でも、やっぱり世界のかたすみの、忘れ去られた子どもみたいな小島麻由美の淋しさは、じっくりと感じ取れるし好きだと思った。

ケースが割れていなければ、と思う。
このCDは、わたしの不注意でケースが割れてしまっている。わたしはケースの割れたCDがとてもきらいだ。ケースが割れていなければ、もっとこのアルバムを好きになれるのに。すりきれるくらい、遠慮なく聴くことができるのに。
もちろんそれはこの作品の問題ではなくて、わたしの心意気の問題だ。

近いうちに新しく同じものを買うだろうな。遠慮して聴くにはもったいないくらいの、最上のアルバムだから。

パブロはコーラがのめない

パブロはレトリバーとなにかのミックス犬で、白く綿密な毛をたくわえている。
わたしが生まれる前からうちにいて、わたしが幼いころは一緒に遊んだりしていたのだけれど、わけあって10年近くははなればなれになっていた。

今日から、パブロとまた暮らすことにした。

パブロは温厚だ。静かな威厳があり、りりしくて寛容で愛らしい。
もう老犬なのでいつも眠たそうだけれど、首にはめられたゴールドのメダルは、彼が由緒正しいうまれの証拠だ。

パブロは神戸のうまれで、わたしはいつか、パブロをつれて神戸に行きたいと思っている。

ウエハースの椅子

読書
江國香織「ウエハースの椅子」を読み終えた。

f:id:aokidanchi:20170303235036j:image

主人公のおんなと、妻帯者の恋人はあまやかに、すこしの絶望とともに過ごしている。
そんなふたりのぞっとするほど満ち足りた生活と、主人公の記憶を織り交ぜたただただ純粋な小説。
あとがきで金原瑞人がかいているように、明確なストーリーは存在しない。
ひたむきに静かで、穏やかに情熱的な物語だ。

とても濃い。この小説は、ホットチョコレートのように濃厚で、煮詰まった愛に胸焼けがするほどだ。
書き手も、読み手も、エネルギーを要する一冊だと思った。
わたしもエネルギーをつかった。そして、この本を愛した。

男たち

家に招き入れ一緒にテレビを観てセックスしてくれる男のひとと、喫茶店でおしゃべりをしてどんな悩みでもきいてくれる男のひとと、純粋で健康なおみやげを買ってきてくれる男のひとがいるから人生は幸福だと思う。わたしは男のひとたちが好きだ。女よりずっと。

ヤン・シュヴァンクマイエル

ヤン・シュヴァンクマイエル作品を幾つか観た。

「アリス」

f:id:aokidanchi:20170228225009j:image

だれもが知っている「不思議の国のアリス」を、シュヴァンクマイエル風味に仕上げた長編映画。
生身の人間(少女)と人形をくみあわせた映像がたまらなく美しい。
冒頭の川に小石を投げ続けて終いには姉(母?)に殴られるアリス、噛んだら歯が折れてしまいそうなくらい固そうなビスケット、それぞれのシーンが愛おしい。
アリスの感情の無さと怖いもの知らずさが静かに面白い。

「ジャバウォッキー」

f:id:aokidanchi:20170228225546j:image

なんのストーリーもなく、子ども部屋でおもちゃたちが動き回るのをカメラに収めただけの短編映画。なのにこんなに愉快なのは何故だろう。
人形を茹でて食べたり、折りたたみナイフが血を流したり、黒猫が鳥籠のなかにとじこめられたりと痛快。と同時に、癒される。
今のところいちばん好きです。DVDも買ってしまいましたし。

男のゲーム

f:id:aokidanchi:20170228230139j:image

これは最高。自宅のテレビでサッカーゲームを鑑賞する男と、そのサッカーゲームの独特な試合の模様、そしてなぜかそのふたつが絡まっていく。
サッカーゲームとは名ばかりで、得点するにはいかに多く相手チームの人間を殺すかだそう。そのやっつけ方が、画像のように相手の口のなかに汽車を走らせたり、鼻に蛇口を取り付けて絞り出してしまったりと、わたしはグロが苦手なのだが粘土細工の人間のせいかこれは本当に気持ちがよく、スッキリする。精神的マスターベーションシネマと言える気がする(絶対に怒られる)。
穏やかでない映像と裏腹に、のどかな、のどかすぎる音楽が流れ続けているのも好もしかった。

FOOD

f:id:aokidanchi:20170228230709j:image

こちらはFOODつまり「食事」をテーマにした短編。Breakfast、Lunch、Dinnerの3部に分かれています。
個人的に最も好きだったのはLunch。どこまで食べ尽くしてしまうのか?!に時間の経つのを忘れて見入ってしまった。
食べることについて考えさせられる。よくも悪くも。



シュヴァンクマイエルの作品たちを観て感じたのは、
①自由であり無駄である
②快感を得られる
③死や危険を恐れないこと
の3つだった。

①は、とくにジャバウォッキーやアリスで強く感じた。アリスは恐らく未就学児で、さしたる義務もなく毎日を遊んで過ごせている。時間を気にすることなくうさぎを追っかけていられる。うさぎはうさぎで「女王様に叱られる!」と時計を度々見てはいるものの、あまり急いでいるようには見受けられない。合間に赤ちゃんの世話をしたりなんかしている。「なにをしてもいい」「なんの(とくに時間の)制限がない」のは、かなり魅力的でもあり、またすこし恐ろしくもある。
そして無駄。
ジャバウォッキーなんてほとんどのシーンが無駄だ。人形の着せ替えは永遠に続くし。一見した無駄さを前面に押し出し、映画にしたという事実に勇気を貰った。

②は、食べ、傷つけ、殺すこと。粘土細工を使っているせいか、本当に快感なのだ。心を孫の手で引っ掻き回されている気持ちになる。食べ、傷つけ、殺すって、実は同じことなのかも。

③。アリスはなにも恐れない。ひるむことも、怯えることもせず、ただ好奇心のおもむくままに行動する。ジャバウォッキーに出てくるセーラー服は、帽子のなかにワームがたくさんいてもまったく気にしない。男のゲームに至っては、死というものがとてつもなく軽く、羽根のように軽く描かれている。肉体の死は死ではないのかもしれない。そんなことを考えた。

今日ジャバウォッキーがうちに届く予定だ。一緒に観てくれる人もペットもうちにはいないけれど、もうすぐタフィがくる。